が,実際は,細かい言葉尻や,個人攻撃など,政治的論戦以外で時間の浪費が起こったり,鳩山首相の理想を閣僚がバックアップせずに自爆したり,管首相も第三国人からの献金疑惑で立ち往生したりと...。
ただ,与党が腰砕けになったのは事実だが,それにしても政権の実行を実際に担当する省庁に君臨する高級官僚の方々が政権に仕える義務を無視した行為を認める訳にはいかないのではないか。この認識は
- 「多くの日本の市民が等しく持つもの」であり,
- 今後の我が国の進路を規定する強い力ではなかろうか。
逆に考えると,高級官僚になった方々を除けば,一般職員の方々が市民の代表である内閣を無視する事はまだまだ少ないのではなかろうか。
其の観点からすると,管首相の暴走と思える「脱原発論」は,多くの市民が内心心に描いていた「原発不安論」が実際に在り得ることであるという意識を市民にもたらした,という意味で,とてつもなく大きな功績であろう。
が,しかし,大震災の地震・津波災害や,それに伴う原発災害を全力を掛けて立ち向かうのと,今後の原子力問題を冷静に,かつ実効的に進めるのは同時にやらねばならない。
国会も幾つかの専門委員会を並行して進め,全委員会をインターネット中継して,議員の論戦に対して,国民からの意見を集積して,それをインターネットで集計・公開して,市民から専門委員会へのフィードバックを強化するといった工夫が在っても善いのではないか。
また,議員の論戦に対して,各省庁が持つ資料を参考資料としてネット上に公開するような必要があるとおもう。具体的なデータに基づいた市民レベルの理解が進めば,国会議員達だけでは逃していたようなアイデアが出てくるような可能性があると思う。
管さんも,折角得たチャンスなのだから「脱原発」といった硬直的な主張にスティックしないで,本当の意味での行政改革に繋がるアイデアを実現する方が善いのでは?
他方,現政権の首相と担当大臣の食い違いが多くのマスコミで叩かれているようだが,その本当の問題は;
- ある省庁に配属された「担当大臣とその一団」とその省庁の「エリート官僚群」との力関係が本質的ではないか。
- 多くの「たとえ,実働官僚が誠実に仕事をしても」,「エリート官僚群は自らの利益(言葉上では省益)を優先し」,「大臣の方針を優先に,部下を動かそうとしない」のではないか。
- 原子力安全委員会の「市民への説明不足」とか「スピーディの公開遅れ」
- 原子力安全・保安院の「状況把握能力のなさ」,「燃料棒溶融を口にした審議官の更迭」,「高濃度放射線汚染水の市民・外国への通告無しのの放出許可」などなど。
- また未だ,「市民からの災害義援金」を事務レベルで遅延している事,などなど。
其の意味では,民主党の党員は,上から下まで一丸となって,これらの改革に邁進せずしてなんとなるのか。
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このポストの履歴
- 開始 2011-07-14 (木) 18:59
- 修正 2011-07-14 (木) 19:26
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